ワクセル総合プロデューサー住谷知厚が語る、人生を形づくった「思い出の場所」

「場所には、記憶と感情と“生き方”が染み込んでいる」

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住谷知厚の極意

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住谷さんへのインタビューシリーズ第19回!
前回は「究極のMC術」についてお伺いしましたので、まだご覧になっていない方はぜひこちらからどうぞ。
↓↓↓
・前編
https://sumitanitomohiro.jp/index.php/mc-part1/
・後編
https://sumitanitomohiro.jp/index.php/mc-part2/

今回は住谷さんの人生を通じて学び・気づきを得てきた「思い出の場所」をテーマにインタビューしてきました!

教育の現場で感じた“違和感”
― 高校時代、母校での教育実習 ―

松村

松村

まず最初の「思い出の場所」が、高校時代の母校での教育実習ですよね。

住谷知厚

住谷知厚

そうだね。自分が通っていた高校に、今度は「教える側」として戻ったんだよね。ちょっと不思議な感覚だったよ。

松村

松村

実際に行ってみて、どう感じましたか?

住谷知厚

住谷知厚

正直に言うと、先生たちはすごく忙しそうだった。授業以外の業務が本当に多くて、どこかエネルギーが削られているように見えたんだよね。

松村

松村

理想と現実のギャップ、みたいな。

住谷知厚

住谷知厚

まさにそれ!教育ってもっとワクワクするものだと思っていたし、先生ってもっと楽しそうな仕事だと思ってた。でも、現場はそう簡単じゃなかったね。

松村

松村

当時、慶應義塾大学に進学された初めてのOBでもあったとか。

住谷知厚

住谷知厚

そうそう。学生主任の先生から「OBとして慶應の良さを後輩に伝えてほしい」って言われたんだけど、丁重にお断りしたね(笑)。

松村

松村

それはなぜ…?(笑)

住谷知厚

住谷知厚

あんまり大きな声では言えないけど、当時は単純にめんどくさかったんだよね(笑)。でも今振り返ると、その感覚も正直だったと思うかな。

松村

松村

そんな教育実習を通じて、考え方は変わりましたか?

住谷知厚

住谷知厚

変わったね。「教える側こそ、もっと社会を知らなきゃいけないな」って強く思った。だから一度、社会に出て働こうって決めたんだよね。

上から見下ろした社会人の背中
― 品川駅のスターバックス ―

松村

松村

次の場所が、品川駅構内のスターバックスですね。

住谷知厚

住谷知厚

あそこはね、今でもよく覚えてる。中2階みたいな場所にあって、通勤ラッシュの人たちを見下ろせるんだよ。

松村

松村

大学生の頃、よく行かれていたんですよね。

住谷知厚

住谷知厚

うん、朝の時間帯に行くことが多くてさ。スーツを着た社会人が、みんな俯いて歩いてるのを見て、すごく違和感を覚えたんだよね。

松村

松村

どんな違和感だったんですか?

住谷知厚

住谷知厚

「なんでこんなに元気がないんだろう」って。仕事って、本来もっと前向きなものじゃないのかなって思ったんだよね。

松村

松村

そこから、今につながる夢が生まれたと

住谷知厚

住谷知厚

そう。「みんなが夢を持って、上を向いてイキイキと働ける状態をつくりたい」って、初めて言語化できた瞬間だったな。

目を輝かせて学ぶ姿に衝撃を受けた
― ブルキナファソでのボランティア ―

松村

松村

大学時代、ブルキナファソでのボランティア経験も大きかったですよね。

住谷知厚

住谷知厚

あれは本当に人生を変えた出来事だね。西アフリカのブルキナファソで、現地の子どもたちに算数を教えてたんだけどね。

松村

松村

どんな様子でしたか?

住谷知厚

住谷知厚

とにかく、目がキラキラしてるんだよ!ノートも鉛筆も十分じゃない環境なのに、学ぶこと自体を全力で楽しんでる。

松村

松村

日本との違いを感じました?

住谷知厚

住谷知厚

強烈に感じたな。「人は、楽しいと本気で学ぶんだ」って、体感した瞬間だった。

松村

松村

その経験が「人生成功学校」につながっていくんですね。

住谷知厚

住谷知厚

そう。「いつか自分で学校をつくろう」って、本気で思った最初のきっかけだね。

希望と絶望が入り混じった社会人1年目
― 大手町というフィールド ―

松村

松村

社会人1年目は大手町が舞台だったと。

住谷知厚

住谷知厚

そう。東京のオフィスビル群のど真ん中で働くのは、正直テンションが上がったね。

松村

松村

一方で、厳しさもあった?

住谷知厚

住谷知厚

もちろん。営業目標、上司からのプレッシャー、数字に追われる毎日。希望と絶望が同時に押し寄せてくる感じだったよ。

松村

松村

かなり濃いスタートですね(笑)

住谷知厚

住谷知厚

今思えば、あの時期があったから今がある。そう言い切れるよ。

人生をもう一度動かした場所
― 八重洲のドトール ―

松村

松村

八重洲のドトールも、忘れられない場所ですよね。

住谷知厚

住谷知厚

あそこはね…人生の再起動ボタンみたいな場所。

松村

松村

ちょうど、プライベートでも大きな出来事があった時期だとお聞きしていますが……。

住谷知厚

住谷知厚

6年半付き合ってた彼女に浮気されてさ。目標も気力も、全部宙ぶらりんになってた時だったよ。

松村

松村

辛い時期でしたね、、、。でもそこで、今の生き方に繋がるきっかけになる会社の先輩と出会うんですよね。

住谷知厚

住谷知厚

そう。その先輩が、僕が昔描いてた夢を思い出させてくれたんだよ。今では一緒にビジネスをする仲だけど、本当に感謝してる。

極貧時代を支えた場所
― 渋谷のネットカフェ ―

松村

松村

独立直後は、かなり大変だったと聞いています。

住谷知厚

住谷知厚

大変どころじゃなかったよ〜(笑)。住む場所がなくて、渋谷のネットカフェに寝泊まりしてめちゃくちゃだったな。

松村

松村

そこから、掛け持ちでアルバイトもしてたわけですよね?

住谷知厚

住谷知厚

恵比寿のサンマルクと、中野の塚田農場。とにかく、生きるために必死だったけど夢に向かって前進している感覚はあって、毎日が充実していたね。

今、帰ってくる場所
― 五反田という拠点 ―

松村

松村

現在の拠点は五反田ですよね。

住谷知厚

住谷知厚

五反田はね、不思議と落ち着く街なんだよね。オフィス街と繁華街、両方の顔を持ってていろんな人が生活できている、本当に豊かな場所だなと体感しているよ。

松村

松村

いい場所ですよね、だから五反田を商売の拠点にされているんですかね?

住谷知厚

住谷知厚

そんな感じかな笑。今では五反田で商売をする人や生活する人と自分のお店を通じて出会って地域のコミュニティが広がっているのはとても嬉しいよ。

共に成長する第2の故郷
― 宮崎県 ―

松村

松村

最後は宮崎県についてお聞きしたいなと思いますが、最初のきっかけとしてはどのような感じだったのでしょうか?

住谷知厚

住谷知厚

最初はワクセルの主宰である嶋村さんと一緒にサーフィンで訪れたんだけど、今では毎月通わせていただいて色んなイベントを作らせてもらってありがたいね。eスポーツのイベントがきっかけでSDGsライフスタイル展を宮崎でさせてもらって、それを通じてどんどん繋がりが増えてきてるんだよね。

松村

松村

すごい!まさに「宮崎と共に成長中」ですね。

住谷知厚

住谷知厚

うん。土地も人も含めて、成長している感覚があるから、宮崎は第2の故郷だね。

場所が、人をつくる

松村

松村

こうして振り返ると、場所ごとに人生のテーマがありますね。

住谷知厚

住谷知厚

本当にそう。場所は、ただの背景じゃない。そこで何を感じ、何を決断したかが、今の自分をつくっていると思うよ。

松村

松村

間違いないですね。それでは最後に一言お願いします。

住谷知厚

住谷知厚

もし今、迷っている人がいたら、場所を変えてみるのも一つの有効な手段かな。新しい場所は、新しい視点をくれるので常に視野を広く持てるように心掛けていきたいですね。

〈取材・文=松村/撮影=松村〉